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ロッキーを越えて プロット アメリカ 01月27日 1979 劇場で
丘を越えて プロット 日本 05月17日 2008 劇場で
夜を越える旅 プロット 日本 10月21日 2022 劇場で
鳥の道を越えて プロット 日本 11月01日 2014 劇場で
天幻城市 プロット 台湾 01月22日 1994 劇場で
火天の城 プロット 日本 09月12日 2009 劇場で
天城越えコメント(6)
プロ中のプロの仕事の見事さを堪能できます
犯罪映画という娯楽作品を芸術作品の域にまで近づけています
主人公役の伊藤洋一の配役
渡瀬恒彦、何より田中裕子の圧倒的な熱演
見事と言うしかありません
本作の3年後の1986年の大ヒット曲、石川さゆりの名曲天城越えは本作をモチーフとはしていませんが、歌詞に出てくる浄蓮の滝は田中裕子と共に特に美しく重要なシーンとして登場します
本当のラストシーンはエンドロールが終わった後に写される、現代の旧天城トンネルの光景です
そこでエンドマークなのです
そのトンネルをバイクが何台も猛スピードでくぐって行くのです
通り過ぎたあとには、あの夏の日のように蝉の声が響いています
これによって私達は40年以上の年月の経過を、素晴らしい余韻と共に実感できるのです
本当のプロが撮った映画とは本作のことです
まず、そもそも中身がスカスカ。中坊が娼婦と少しだけ旅路を共にする中で殺人事件が発生、これだけ。
事件も動機も展開も唖然とするくらいレベルが低く、観るのが辛い。時折挟まれる、昭和的なギャグ?滑りすぎてシュールだし、真面目な映画なのか娯楽なのかわからないし、松本清張なら真面目に作ってほしい、笑いなんかいらない。この辺は監督のセンスが疑われるところ。他の清張映画作品の中では突出して、出来が悪いと思った。
極めて微妙、これ観るくらいなら絶対他の清張作品を観るのが良い。これ以外は基本面白いといえるくらい。例外的なつまらなさである。
憧れを持つ人は私だけではないと思います。
とてもかっこいいと感じました。
→ 後半は、入れ替わりのスパンが長くなるので、判り易い
2.警察の取り調べを受けた売春婦:ハナは、
少年とは、一瞬の出会いでなく、数時間同行し、会話している
→ 映画では、ハナは少年を庇う気持ちがあるようには、見えなかった
→ ならば、警察に少年の事を話すのが普通 → 少し変
→ なお、庇う気持ちなら、諦念の態度で捜査に応ずるのが普通
3.警察の取り調べが、自白強要の大失態
→ ①女は殺害を否定している、 ②少年の存在が判明している
→ それなのに、女に自白強要は、明治前半みたいな感じ
4.松本清張の作品に出て来る刑事は、地道で科学的な捜査をして
困難な事件を正しく解決することが多いのに、
この映画の刑事は、遺漏捜査でダメだな
→ 手抜かりがひど過ぎる