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実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)コメント(15)
私が生まれ育った横浜鶴見の公立中学校は、私の世代は校内暴力で社会問題となり、新設校となる私の出身中学(私はNo.2となる裏番だった。)以外、卒業式に全ての学校に制服及び私服の警官が配備された程の地域であり、「3年B組金八先生」第二シリーズと僅か一年違いで交差する時代だった。(脚本家の小山内美江子さんは、鶴見の鶴見女学校の出身で、鶴見在住。当時、足立区と鶴見区の中学校を下敷きに脚本を描いたのだろうか?)
暴走族に所属する非行少年達と喧嘩を繰り返し、何度も停学をくらい退学寸前の神奈川県立の最底辺高校から、父の病死を契機に改心。駿台予備校で一浪して明治学院大学の夜間、社会学部社会学科に入学した1986年、学生委員のメンバーとなる。
大学生協合同の夏のセミナー?参加前、大学生協の理事長から参加者は皆、直接、他の大学の学生委員に感化されないように一応注意を受ける。
私の場合、体育会系並の学力と、文化系並の学力を擁していたので、思想的にも体力的にも感化されるタイプではなかった。
学内では、私の体格、風貌から応援団が体育会公式野球部員と勘違いしていつもすれ違う際に深々と挨拶される程。(^-^)
不良少年時代の仲間のほとんどは、そのまま裏社会の住人となって行ってしまった。
さて、夏の合同セミナーに参加して驚いた。
一種独特かつ異様な雰囲気を体験したのだ。
そして、この映画を見て、その時の異様な雰囲気を思い出す。
当時、全国の大学生協の学生委員会と民青には、未だ強い繋がりがあったようで、明治学院大学は、私が入学する前に何か学内で過激派学生との間で非常に激しいトラブルがあり、一度学生委員のほとんどが退会。
再建中だったようだ。
夜間である二部の三年生が一人、二年生が三人の学生委員会を、私達の代に10数名と大量に入会し雰囲気をサークル活動のように一変させ、政治色の一切ない団体へといち早く進化させたのだが、他の大学には、学生運動の残党や、過激派との抗争が未だ残り、暗い雰囲気からの脱却が出来ていないようだった。
昼間は、二年生が新しい横浜校舎で新たな学生委員会を立ち上げており、政治色の薄い自由な活動を続けていた。
私が、白金校舎に巣食い弱体化していた過激派の残党を襲撃し殲滅しようと企てた所、先輩から止められたことがある。
当時、いち早く組織改革に成功した明治学院大学の学生委員会以外、他の大学では、残党が地下活動を続け負の遺産も受け継いでいたのだろう。
長年の謎、複雑怪奇な組織形態、人物描写も鮮やかに描き分けることに成功した見事な群像劇に、心から感心してしまう。
この独特の嫌な空気間は、後の2000年頃、マンガ史研究会なる組織の会合に参加した時にも私は追体験する。
内部崩壊、死屍累々の屍のみの排他的な組織。
ネット上にその残党が跳梁跋扈し、仲間以外のマンガ研究者に対して誹謗中傷を繰り返し意味のない争いを今も虚しく続けているようだ。
実績の伴わない似非インテリ達の行き着く先は、何時の時代も何も変わらず、何も産み出さず。
様々な教訓を教え、安全地帯から当時を追体験出来るのは、映画ならではの醍醐味。
私は、当時、本来禁止されていた学生委員会と、書評誌『もん・りいぶる』の掛け持ちを続けていたのだが、二年生の秋、学祭終了後に学生委員会だけを退会することにより無事解消。
書評誌は、大学生協の出資により発行されていたのだが、他の大学と違い学生委員会とは独立した組織だった。(^-^)
私の時に学生委員には、毎月8千円の活動費が貰えたのだが、二年生時には、新入生の大量入会に伴い、活動費は大幅に減額or後に廃止になった気がする。
書評誌の編集部員は、発行費用として一回に数十万、年間で百万円以上の費用が使えたが、飲食費などに流用はしていない。
無料で同人雑誌活動をしていたようなものだ。
学内の名物教授や、連城三紀彦、瀬戸内寂聴など、毎号巻頭に有名作家へのインタビューが載る。
私は、秋元康さんの事務所へ行き、秋元康さんに直接インタビューさせて貰った時の体験が今も印象深い。
スポンサーである明学生協の宣伝など、ほとんどしなかったのだから凄いことだった。
巻頭のインタビュー、本の紹介、エッセイだけの白黒の雑誌。
私は学生時代、添乗員のアルバイトをしながら成績も四年間優秀で奨学金を貰っていた。
そして、日本旅行本社勤務、漫画喫茶経営を経て、2001年に「少年画報大全」で、漫画史研究家のパイオニアとしてメジャーデビューを飾った私は、2003年に無声映画鑑賞会に復帰し、満を持して昨年の『週刊女性』70年代漫画、映画、歌謡曲の10ページ特集にて、漫画、映画に写真付きコメントをしたのを機に映画史の研究もプロとして活動を始めたのだが、偶然にも1986~1987年頃の学生運動の残党の雰囲気と、2000年頃のマンガ史研究会なる組織の雰囲気が酷似しているその現場を安全地帯から体験出来た。
体力的、思想的に自信が無くても安全地帯から当時の学生運動の実態を知ることが出来るこの映画は、高校生など、若い世代に是非、観て欲しい。(^-^)
当時の大学生協の合同セミナーで、次第に政治思想に染められていく他大学の学生達を間近で目撃した私は、宗教のセミナーには、参加しないように気を付けている。(^-^)
酒を飲むと自制が効かなくなるので、高校時代、極真空手愛好会を破門になった苦い経験がある私は、外での深酒は決してしない。
マンガ史研究会を母体の一つに、2001年にマンガ学会が設立された。
だが、私が知る限りマンガ史研究会、マンガ学会の参加者から、メジャーデビュー出来たメンバーは、死屍累々の屍の中から、ほんの数える程で、その末路すらほとんど判らない。
現在も何処かに籠り、地下活動を続けている者もいるのだろうか?
序盤はニュース映像に時代を俯瞰した(原田芳雄の渋い声の)ナレーションをかぶせ、背景をおさらい。キーワードを赤ゴシック体でバーン。場面にはまったカッコいいBGM。
「革命的認識」をはじめ、「客体化」「主体的」「過程」等々、学生(革命戦士)たちの使う言葉、言ってることが分からなさすぎて、笑えます。
喜劇的なくだりがいくつもあるが(水筒問題、銭湯問題、つまみ食い問題…)当事者は、その馬鹿馬鹿しさに気づかない。
制約の多い閉鎖的な集団の中で、クラスのいじめ、部活のしごきに通じる病理が募っていくさまが描かれる一方で、若者の集団生活らしい健康な連帯感(合唱してたり)も描かれたりして、切ない。
坂井真紀の入浴シーン(全裸の背中)はうまく消化できなかった(後に折られることになる若い健やかな命をより痛ましく見せるため?)が、2回目によく見たら、左肩に青痣があるようにも見えたので、訓練の過酷さとか、その後の運命を暗示したかったのか…サービスショットか。
坂井真紀の遠山さんに関しては、ああいうキャラクターならなんで赤軍派の創設メンバーになって革命戦士として軍事訓練受けようなどと思ったのかが、「母の苦労を見てる」だけでは今一理解できず。当時はあんなふわふわした感じでも、ムーブメントに乗ってしまったのでしょうか。
永田洋子役の女優さんの、これまでの人生のルサンチマンがこもった、酷薄で陰険な表情がよかった。この人は過激な活動に走る理由が見える。ところでヒロコだったんですね。ヨーコだと思ってました。
「日和る」(判断が揺れ動く)というのは、とても人間的で大事なことなんじゃないかと、不動の意思とか不退転の決意とかを求めて自滅していった彼らを見て、思いました。
あさま山荘事件の映画だと思って臨みましたが、そこはほんの終盤にすぎません。長くて重いのは、そこに至るまでの、いわゆる山岳ベース事件の方です。
ちなみに警察側から描いた先行作品、「突入せよ!あさま山荘事件」も観てみましたが、こちらはより娯楽性が強く(ヘンな後味を残さない)、勝てば官軍で佐々敦行がめっちゃカッコよく描かれており、対立する長野県警側が超鈍臭く描かれていてやや気の毒。ラストの主人公(役所広司)のセリフ、私が天海祐希(妻)ならどつきます。
本作に戻ると、山荘の奥さん(奥貫薫)の存在の佇まいがよかった。好きな女優さんです。
最近、今上天皇に係る皇室史を振り返るドキュメンタリーを見ることが多かったのですが、並行して、庶民の世界はこういう風に揺れ動いていたんだなあと、思ったことでした。
最後に、坂井真紀何を着てもオシャレに見えてしまう問題を提起して、終わります。
1960年以降の学生運動の流れが冒頭にあり、激化していく活動の状況はわかりやすかったです。原田芳雄さんのナレーションが効いてます。
60年代前半は「コクリコ坂」の頃、後半は「マイ・バック・ページ」ねと思いつつ観ていると、70年代に入り連合赤軍の暴走が始まります。
銃で武装し先鋭化、短期間に10名以上が殺害される榛名アジトのリンチ事件、そして逃亡の果てのあさま山荘事件。
人間の弱さがねちっこく描かれ、目が離せませんでした。
集団が方向性を失い、ストレスが内向きに発散される陰惨さはやりきれませんでした。だけど呪文のような革命理論を聞いてる間は、観ているほうもチョット感覚が麻痺してくる、怖ろしいことです。
連合赤軍の若者達がいかにして、あの浅間山荘の事件まで流れ着いたのか。まさに流れ着く様にあの場所に導かれ、最後を迎える。
また山岳ベース事件なども鮮明に事件の経過を描き、甘美な主義に酔いしれた若者達が、どのようにして壮絶なリンチが行われたかを教えてくれる。総括と自己否定。聞くだけで背筋が凍る思いになる。
永田洋子役のあの目。もう無理矢理にでも自己否定するしかない。