ミッション プロット

1750年~58年を舞台に南米の地の果てに殉教した2人のイエズス会士の物語。製作はフェルナンド・ギアとデイヴィッド・パトナム、監督は「キリング・フィールド」のローランド・ジョフェ、脚本はロバート・ボルト、撮影はクリス・メンジス、音楽はエンニオ・モリコーネが担当。出演はロバート・デ・ニーロ、ジェレミー・アイアンズほか。

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ミッションコメント(12)

Smsosspohn
Smsosspohn
「ミッション」を辞書で調べたら、伝道、布教、とあった。この映画はズバリ、キリスト教を知らない人たちを勧誘する活動を描くわけだ。

キリスト教って、きれいな絵と賛美歌で攻めてくるからズルいよなぁ。何描いてあるか、何て言ってるかわからなくても、うっとりさせる効果がある気がする。モリコーネ作曲の「ガブリエルのオーボエ」は、まさにそう。天から光がさしてくるような、天使が降りてくるようなイメージ。音楽でジャングルの民の心をつかんだガブリエル、ぐいぐい欧米化を進める。冒頭で十字架に磔にされて滝に落ちていく伝道師は、アプローチを間違えたのかな。(どうやって撮影したのか、すごいドキドキしてしまった)

純朴で、教えられたことを素直に吸収していく南米の民と共に、ユートピアを築いていくガブリエル。平和で美しい世界。しかし、清らかな気持ちで布教するガブリエルたちと反対に、組織としてのイエズス会は彼らを切り捨て、ユートピアは壊されてしまう。

信仰を第一に、不戦を選ぶガブリエルと、現実を第一に、戦いを選ぶロドリゴ。グアラニー族と共に、どちらも滅んでいく。何も悪いことしてないのに、遠いところから渡ってきた強い力に、なす術もない。生き残ったグアラニー族の子供たちは、より奥地へ逃れ、子々孫々に「絶対によそ者を入れてはならぬ」と言い伝えたのではないだろうか。

モリコーネの音楽は南米の楽器も挿入し、エキゾチックな雰囲気も醸し出している。劇中、合唱の場面があったが、もしかして当時の南米にハーモニーはなかったのかも。彼らは和声を知って、衝撃だったのではないか? そういう意味でも、この映画の音楽は威力があると思う。
oyvhsa
oyvhsa
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総合:75点 ( ストーリー:75点|キャスト:75点|演出:70点|ビジュアル:75点|音楽:70点 )

昔から政治と宗教は結びつき、政治は他民族と植民地支配に宗教を利用し、宗教は勢力拡大のために政治を利用する。フランシスコ・ザビエルもスペイン王に日本の植民地化についての情報を送ったと言われている。
しかし一部の現地で布教活動をしている者にとってはそんなことはどうでも良く、自分の宗教観と信念に基づき行動をする。追い詰められても命を懸けて行動をする神父たちと先住民の行動は、この時代のこの地域に数多くあった悲劇のたった一つに過ぎないが、やはりこうして映像で観ると実感がわいて面白い。

だが気になる部分もある。こうして欧州の支配に立ち上がる人々の主人公はやはり白人なのだ。しかもわずか3人だけの白人だ。実際には立ち上がった大多数は先住民なのに、その先住民たちは名前すら出ないままにやられ役として死んでいく。現地の王も時々出てきた少年も、先住民の中の1人扱いに過ぎず、名前も呼ばれないままに白人たちに付き添っているだけ。先住民の歴史でも白人視点の歴史は映画化されても白人中心視点でろくに人間扱いされていない。本来はこの先住民を人としてしっかりと描く必要もあると思うが、イエズス会に心ある人々がいたという結論で終わってしまっている。先住民は当時の白人たちからはもちろん、映画の中で制作者側からも獣とたいして違わない扱いが最後まで変わらなかった。
この思想は映画界では1990年の『ダンス・ウィズ・ウルブズ』まで変わらない。この作品で初めて先住民の1人1人に名前がつき、それぞれの性格と行動が個々に作品内で表現され、1人の人間扱いを受けられるようになる。
Pgoxmishsnk
Pgoxmishsnk
ロバートデニ―ロの演技、役に成りきる凄さを感じました。

滝を登ってまで布教する必要はないんじゃないかな、その必要性はわかりませんでした。

スケ―ルの大きな映画だろうと期待して観たので、それは満たされました。

音楽が素敵で、見終わってからも口ずさんでます。

ネッラファンタジア
Ponskihxmgs
Ponskihxmgs
何の変哲も無いが、
これが歴史。
人類の滑稽さと尊さを感じる。
Gonsphmxski
Gonsphmxski
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映画(録画)を見た同じ日、偶然、漫画「君たちはどう生きるか」を読了してました。漫画「君たちはどう生きるか」の中で後で主人公と友達になる、いじめられっ子の浦川君のエピソードがあります。浦川君をいじめるいじめっ子に仕返しをしてくれようとするクラスメイトが現れ、いじめっ子をこてんぱんにしようとするのですが、いじめられっ子の浦川君はそれを止めます。一方映画「ミッション」でデニーロ演じるロドリゴが自分の弟を殺してしまったことに対する自分への罰として重荷(がらくた)を運び続け、谷間を登ろうするシーンがあります。周りがもう十分だ、として重荷のロープを切り離してもロドリゴは納得せず、自ら重荷のロープを体にふたたび巻き付け、谷間を登って行きます。その先にはかつて自分が奴隷商人として生け捕りにしたインディオたちの集落があり、そこにたどり着くわけですが、重荷を運び続け疲労困憊でいるロドリゴに対し、インディオたちが取った行動は。。。この後の場面と漫画の浦川君とのエピソードがシンクロして泣けました。この映画の主人公は神父のガブリエルではないか、というコメントを見かけましたが、この映画の主人公がロドリゴである理由はこの場面にあると思います。あと、この映画のテーマ曲ともいえるエンリオモリコーネの「ガブリエルのオーボエ」がすごく良い。この映画を見ようと思ったきっかけはこの曲にあります。事務所でBGMでかかっていたこの曲がこの映画の曲だと気づき、観てみたいな、と思っていたところに偶然にもBSでやっていたのでした。この曲は本当に英語のtouch(感動させる)という単語がぴったりきます。こころの琴線に「触れる」という言葉と重なり合う感じです。ずっと前の映画ですが、なんとなくキリスト教が絡んで食指がうごかなかったのですが。。。食わず嫌いはよくないですね。