東京物語

7.4/10
合計17件のレビュー
ジャンル   プロット
ランタイム   135分
言語   日本語
地区   日本
書かれた   野田高梧
劇場で   11月03日 1953
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東京物語 プロット

名匠・小津安二郎の代表作で、東京で暮らす子どもたちを訪ねた老夫婦の姿を通し、戦後日本における家族関係の変化を描いた不朽の名作。ローポジションやカメラの固定といった“小津調”と形容される独自の技法で、親子の関係を丁寧に描き出す。尾道で暮らす老夫婦・周吉ととみは、東京で暮らす子どもたちを訪ねるため久々に上京する。しかし医者の長男・幸一も美容院を営む長女・志げもそれぞれの生活に忙しく、両親を構ってばかりいられない。唯一、戦死した次男の妻・紀子だけが彼らに優しい心遣いを見せるのだった。

東京物語 俳優

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東京物語コメント(20)

Khnoctnokr
Khnoctnokr
ネタバレ! クリックして本文を読む
これが全てを物語っている。
時代背景やら何やらあるにせよ
結局それは、ずっと変わらない。

それを正直に笑顔で淡々と語る演技に脱帽。
Fiaeulepulteabs
Fiaeulepulteabs
ネタバレ! クリックして本文を読む
東京における子供たちの暮らしぶりに直に触れ。老夫婦は子供たちの今現在一番大切なものが親である自分たちではなくなったことに一抹の寂しさを覚えるものの、その数倍の幸福を感じたはずだ。そこにはまっとうな営みがある。大切な幼子たち、大切な仕事、連れ合い・・・。守るべきもののために奮闘する子供たちの姿がかつて自分たちがそうであったことを思い出させ更に老いて一線を退いたことを再確認させたに違いない。自分たちの手を離れ子供たちは各々立派に城を築いたのだ。 逆に言えば上京した自分たちを相手する余裕がある紀子にはその守るべきものがないことの証左。寂しくとも気楽であると気丈に女の一人暮らしをしていたところに未来の理想図ともいえる優しく仲睦まじい老夫婦が訪ねてきては穏やかではいられなかっただろう。さらに肉親同士の遠慮抜きに言いたいことを言い合える様など見せられれば尚更である。どんなに強い人でもおっぱいが恋しくなる。それを見取った老夫婦に再三次男のことは忘れて新しい人生を歩みなさいと言われれば言われるほどまた紀子は切なくなる。自分が老夫婦を大切にすればするほど彼らは自分のことを心配する構図があるからだ。自分のことに心を砕いてくれた義母に安心してもらう間もなく逝かれてしまう紀子の口から「仕方ないのよ皆そうなるのよ」と京子を諭させるシーンは心動かさずにはいられない名場面だ。
Trlieesltn
Trlieesltn
回数重ねるごとにあがっていくんでしょうね。
素晴らしかった。
Oeocgbynmue
Oeocgbynmue
東京で働いて暮らす息子たちのもとを訪れる両親の話。両親たちは広島に住んでいて、めったに東京に出ることはない。しかも、映画が作られた当時はまだ新幹線もなかったので、夜行列車に乗って、まるまる1日くらいはかけて行かなきゃいけない状況。今でさえ、ある程度歳をとってしまうと、田舎から東京まで出るのは骨が折れるのに、この時代はなおさら大変。それでも両親は、東京の息子たちの様子を見に行こうと決めたわけです。
ただし、息子たちは東京で日常の生活を送っていて、それを邪魔してやたらと騒ぎ立てるのは息子たちの迷惑になる。東京訪問を通して、もし息子たちに迷惑をかけてしまい、ギスギスした状況に陥ってしまえば、せっかくの一大イベントが台無しになってしまうし、息子たちも東京から広島に帰る機会が減ってしまうかもしれない。だから両親は、絶対に非日常感を表に出してはならない。短い間泊まらせてもらうというだけでも、すでに手間をかけさせているのに、それ以上に気遣いやらなんやをさせてはならない。あくまで日常に溶け込むという形で、非日常のイベントを遂行しなくてはならない。
だからこの映画は、表面的には淡々と進む。しかしそれは表面のことであって、本当のところでは、これは、両親にとっての非日常的なイベントだった。
つまり、映し出されるのは当時の日常だが、描かれるのは、日常と非日常、ホンネとタテマエの間で揺れる両親の感情と行動のその揺らぎである。
本当は彼らにとって色々な思いをもとに動き出した東京訪問だったが、その思いを直接出すわけにはいかず、あくまで自分たちの中でそれを消化していかなければならないという状況の中での、彼らの感情の動きを想像してみると、特にラストの方で使われる何も起こらない風景のショット(空ショット)が実に深い味わいを持ち始めるに違いない。
vzquxl
vzquxl
個人的な認識ですが、小津映画といえば、役者がカメラをまっすぐ見据えて、ほとんど表情を変えず、まるで抑揚のないセリフ回しをする映画群のことです。ほとんど状況描写のない、世界中どこを探してもない、妙な映画たちです。
個人的にいちばん好きなのは戦前の「淑女何を忘れたか」だと思います。むろんソースがなくて未だ見ていない映画もありますが、腰位置のスタイルが完成する以前の映画のほうが好きかもしれません。ただ東京物語は別格です。

紀子(原節子)のセリフ「誰だってみんな自分の生活がいちばん大事になってくるのよ」が東京物語の白眉です。この言葉に集約された物語だと思います。

母の葬儀が終わると、実子らはとっとと東京へ戻ってしまいます。義子である紀子が残って、周吉(笠智衆)を甲斐甲斐しく世話します。
それを悪びれた次女(香川京子)が「ずいぶん勝手よ、言いたいことだけ言ってさっさと帰ってしまうんですもの」──「お母さんが亡くなるとすぐお形見ほしいなんて、あたしお母さんの気持ち考えたら、とても悲しうなったわ、他人どうしでももっと温かいわ、親子ってそんなもんじゃないと思う」と愚痴ります。
それを受けての紀子のセリフでした。「でも子供って大きくなるとだんだん親から離れていくものじゃないかしら……誰だってみんな自分の生活が~」
二人の会話は「いやねえ世の中って」「そう、いやなことばっかり」ということに帰結します。

だからといって、小津監督は家族のつながりなんて無情なもんだと言いたかったのではないはずです。
子が成長し、親元を離れ、生活基盤を据えてしまえば、それぞれの屈託をかかえて、とうぜん親子関係なんて疎遠にならざるをえません。誰だってそうです。そうならざるをえない社会のやるせなさや寂しさを、東京物語は描いているのだと思います。
でなければ、世界中の人々が、東京物語に共感する根拠がありません。ここにはひとつも無情なんて描かれていません。「孝行したい時分に親はなしや」「そうでんなあ、さればとて墓に布団は着せられずや」というセリフ通りの、遍く人間社会のモデルケースの話です。

私たちは、久々に故郷に帰ってきて、思いのほか老いてしまった父母の後ろ姿を見たときのような哀愁を、東京物語に見るのです。ほんのいっときにせよ父母への不孝にさいなまれるのです。その感慨には国籍がありません。だからIMDBが8.2なのです。本質を突いていることを、誰もが認めざるをえないのです。

宇宙探査機には、地球人がどんな生き物なのか、未知なる宇宙人に説明するためのSETI情報が備えられています。
もしその用途に映画を一本選ぶとしたら、私は東京物語だと思います。