「幸せなひとりぼっち」の原作者フレドリック・バックマンによる小説「ブリット=マリーはここにいた」を映画化したスウェーデン発のヒューマンドラマ。結婚して40年になる専業主婦ブリット=マリーは、仕事で忙しい夫のために毎日食事を作り、家の中を奇麗に整えておくことが自分の役割だと信じ続けてきた。そんなある日、ひょんなことから夫の長年の愛人の存在を知った彼女は、これまでの生活を変えるべくスーツケースひとつで家を出る。しかし働いた経験などほとんどない63歳の彼女にまともな職は見つからず、ようやくありついたのは、小さな田舎町ボリのユースセンターの管理人兼、地域の子どもたちのサッカーチームのコーチという仕事だった。主演は「愛の風景」のペルニラ・アウグスト。「ボルグ/マッケンロー
氷の男と炎の男」などの女優ツバ・ノボトニーが監督を務めた。
ブリット=マリーの幸せなひとりだちコメント(20)
イギリス映画「Edie」(邦題「イーディ、83歳 初めての山登り」)の主人公と同じく、主人公ブリット・マリーの心の奥底にも少女がいる。彼女たちだけでなく世の中の人々がみんなそうだと思う。誰の心にも少年少女の魂が生き続けているのだ。肉体は歳を取っても魂は歳を取らない。長い年月で心に沈殿した見栄や自尊心をきれいに掃除すれば、10代の少女とも対等に話ができる。
一日ずつよ、ブリット・マリー、一日ずつよと自分に言い聞かせる。そうやって身の回りを綺麗にして片付けをする日々を過ごす内に、自分の人生も片付けちゃったのよと話す主人公は、還暦を過ぎて漸く自分の人生と向き合うことになる。
人間は食欲と性欲と承認欲求の動物だ。サッカー少女も自分たちの存在証明をしたいと語る。一日一日を後ろにうっちゃって生きているようなブリット・マリーでも、自分の一日が無駄な一日ではないと感謝されたかった。Todoリストに線を引くだけの毎日は、過去を忘れるために有効でも、承認欲求は満たされない。私の人生はどこにあるのか。
覚和歌子作詞、木村弓作曲・歌唱の「いつも何度でも」は、ジブリ映画「千と千尋の神隠し」の主題歌として有名だが、むしろ本作品に合っている。
はじまりの朝の静かな窓
ゼロになるからだ充たされてゆけ
海の彼方にはもう探さない
輝くものはいつもここに
わたしのなかに見つけられたから
最後の朝、ブリット・マリーには3つの選択肢がある。夫の元に戻るのか、サッカーチームの練習に行くのか、それとも他の場所に行くのか。原題の「Britt-Marie var her」はラストシーン近くに印象的に使われる。落書きではなく存在証明なのだ。生きている自分。ここにいた自分。どこかに行こうとしている自分。どこにでも行ける自分。心は既に決まっている。身体の奥から湧き上がるエネルギー。輝くものは自分自身の生命そのものなのである。無表情だったブリット・マリーの顔に豊かな表情が戻ってきた。
映画としては小品だがよく纏まっていた。象徴的な言葉が鏤められていて、世界観に説得力がある。ブリット・マリー役の女優さんは名演だったと思う。
ずっと家のことをやってきて家事は完璧!な主婦が夫の浮気発覚で
それまでとは違う世界に飛び立つ…という話ですが、見つけた仕事が
それまで興味のなかったサッカーのコーチ⁉︎
なのにいつの間にか子供たちに受け入れられ、
知る人もいない街に行ったわりにはいい人ばかりだったのか
これまたすんなり受け入れられ、いきなり好意を寄せてくれる男性まで現れ…。
(失礼ですが、60過ぎたこの主人公が女性としてそんなに魅力あるとも思えず?)
なんかいろいろ簡単に上手く行きすぎじゃない?というのが正直なところ。
違う世界に飛び込むのだからもっと苦労したり、それを克服するところとか
もっと掘り下げて欲しかったな…と。
でもそこでの生活が続くわけでもなさそうで、ここから先が本当のひとりだち
ってところでしょうか。
迎えに来たダンナの身勝手なセリフ「君がいないと家がメチャクチャだ」
(だから帰ってきてほしい⁉︎) には呆れた。
もしまだ夫への気持ちが残っていればここで「やっとわかった?」
と戻る可能性もあるのでしょうか…?
この主人公はそうはならなそうでしたが。
こじつけ感が凄いと言うか違和感ありありの物語で期待を見事に裏切られました。主人公も、さほど魅力的ではないし。非常に残念な作品でした。
だがそれが良い。
それでもだんだんと表情が柔らかくなり、笑顔になってくるブリット=マリーを観ていると、彼女が囚われていた抑圧や思い込みは正しいものではないのだなと、よく分かる。
子役やらも含め、ボリの人達が素晴らしい。
そしてなんといってもラストが良い。彼女も良い表情をしている。彼女の人生はまだこれからなんだ。
ブリット=マリーは、ライセンスなし問題も人がフォローシテくれていて特に何もしてないですよね。
周りの素敵な仲間が花を持たせてくれただけですよね。
面白かったし、うるっときたけど、ブリットのマリーの幸せな他力本願という言葉がずっとある感じでした。
お姉さん無くして両親が落ち込んで、ちっさい頃のブリット=マリーが不憫だったのはわかる。
夫の裏切りに傷ついていたのもわかる。
でもさー。
コーチしてる子どもに、コーチしてもらって、そのお返しがハーフタイムのリバプールを思い出せだけでは。ねぇ。
重曹をすごーくあがめているの、面白かったです。
まくらに重曹振って粉々したままねるのかな?
匂いとり?
すげーでっかいネズミもウケました。
子どもたちがみんなでテレビ見てソファーでわちゃーってなってるのかわいかった。
悪くないんだけどねぇ、プロットは雑だしねぇ。
悪くないんだけどねぇ…