アンネの日記(1995)
プロット
日本
08月19日 1995 劇場で
アンネの日記(1959)
プロット
アメリカ
09月08日 1959 劇場で
押繪と旅する男
プロット
日本
03月26日 1994 劇場で
旅するパオジャンフー
プロット
日本
10月28日 1995 劇場で
旅するジーンズと16歳の夏
プロット
アメリカ
10月01日 2005 劇場で
愛する時と死する時
プロット
アメリカ
10月04日 1958 劇場で
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アンネ・フランクと旅する日記コメント(18)
オランダ・アムステルダムの博物館「アンネ・フランクの家」にて展示されている「アンネの日記」の原本。
嵐の朝、展示ケースのガラスが割れたことで、館長はアンネの部屋の机の上で展示することにした。
不思議なことに、日記を宛てたアンネの空想上の友だちキティが日記の中から飛び出し、現代の世の中に現れてしまった。
キティは、21世紀だとは思わず、アンネの姿を探すが、当然にして、アンネはいない・・・
というところからはじまる物語で、実態を持ったキティが現代の世でアンネを探す物語と、日記に書かれた第二次大戦中のアンネとその家族の物語が時空を超えて絡み合っていきます。
有名な『アンネの日記』だけれど読んだことがなく、1959年につくられたジョージ・スティーヴンス監督、ミリー・パーキンス主演の映画『アンネの日記』も恥ずかしながら未見です。
なので、本作の第二次大戦中のエピソードで日記の内容を知りました。
第二次大戦中のエピソードは、戦闘シーンなどは少なく、アンネの父が経営する会社ビルの隠れ部屋で複数の家族が息を殺しながら生活する様子が描かれているわけですが、それぞれの家族のキャラクターの描きわけがしっかりしています。
アンネ一家が隠棲生活をするようになった経緯は、子どもたちが強制労働収容所に送られそうになるので身を潜めた、ということで、これは初めて知りました。
また、この大戦中エピソードの中で、なぜユダヤ人が迫害されるのか、というキティに対して、少数民族が迫害されるのは歴史の常で、ロマ(ジプシー)やアルメニア人やその他の民族と列挙していき、それが現代的なテーマへとリンクしていきます。
現代エピソードでは、博物館の来訪者たちから金品をスリ獲って生活をしている移民の少年が登場し、彼がキティを行動を共にします。
映画が進むうちに、アムステルダムに暮らす移民・難民の問題が表面に大きくせり出して来、先に述べたユダヤ人迫害問題と根っこが同じであることを示していきます。
ということで、かなりの社会的テーマを扱っているのですが、絵の魅力があり(たぶん、実際の俳優の動きを元にしたロトスコープではないかと思うのですが)、現代と大戦下を自由に行き来するファンタジックな要素も魅力に富んでおり、大人のみならず、小学校高学年ぐらいの子どもでも楽しめる映画になっていると思います。
ファンタジー要素の中では、アンネの空想の中で登場する、クラーク・ゲイブルら映画スター軍団とナチスドイツ軍との戦闘シーンが、絵的にもかなり面白かったです。
#映画アンネ
アンネの想像上の話し相手キティが現代のアムステルダムを歩き回ります。
アニメーションで描かれたアムステルダムが寒そうで美しく魅入られます。
まるで絵本がそのまま動き出しているよう。
美しくチャーミングで哀しい少女の心の中をそのままアニメーションにしたような作品です。
アムステルダムの人達とキティの優しいやりとりに優しい気持ちになりました。
音楽も哀しく優しい素敵です。音響の良い映画館で早く観たい!
※ ルール上は「ツイッターに感想を書いてね」の扱いですが、それは書きましたが、140文字以内でもっと詳しいことを書きようがないので、詳しいものはこちらに移します。
正規公開日が3/11であることなどを考慮して、ネタバレは低めにします。
…とはいえ、ここの特集や映画紹介などで書かれていることが大半…なのですよね。他の方も書かれていましたが、「アンネ・フランク」を冠する名前の施設が多くあるというのは、(多少は誇張があっても)事実ではあるようです。もっぱら、空想上の「キティー」との(空想上の)旅の物語が描かれるものですが、同時にアンネ・フランクを含むナチスドイツの当時の政策も描かれます(誰でも見られるように、表現については配慮がされています)。
ここでの試写会ではエンディングクレジット後、「なぜ公開しようと思ったか」「日本で何を考えて欲しいか」といった5分ほどのインタビュー(このご時世なのでオンライン)が挟まっています。
今(2022年2月27日)、ロシアがウクライナに入って…と戦争の兆しがありますが、戦争はどんな場合にも許容されるものではありません。古い時代ならともかく、まず話し合いで解決する、その前提を抜きに「気に入らない国は全部つぶす」というのは支離滅裂だし、まして「思想が支離滅裂過ぎる」ナチスドイツのやり方は、それを超えて許容されるものでもありません。
この映画を通じて、少しでも「戦争の悲惨さ」「戦争を回避するために何をすべきか」ということについて(実際には日本で、個人が活動することは難しいですが…。日本自体が、アメリカの核に守られている事情もあるため)理解が深まればよいかな、と思っています。
ここの試写会で見せていただいたのですが、採点は下記のみ気になったものの、おそらく「多くの方に見てほしいのであろう」という点は容易に想定できるので、減点幅は考慮しました。
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(減点なし/減点0.1) 映画内ではごく一部を除いて英語になっています。しかし、アンネ・フランクが活躍していた時代に話されていたのは、当然、英語ではない言語です(ドイツだけでみても違うし、ドイツが侵攻した国ではそれぞれの国語があった)。
ただ、映画の趣旨的に、この映画は今回は日本で試写会がされているところ、実際は全世界中で見てほしいという観点で作ったのはどう見ても明らかで、そのとき「各言語(日本なら、(何かの言語)→日本語)への翻訳のコスト」を考えたとき、「何かの言語」は世界共通語である英語のほうが、「翻訳のハードル」が低く、この映画の趣旨にも合致します。
そうであるなら、不自然であるとしても減点幅は0.1に過ぎないでしょう。
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一番印象的だったのは、アンネの演劇を観にきた観客の多くがスマホの画面に見入っていたこと。現代の若者ってきっと歴史に対してはこのくらいの興味しかないんだろう。かく言う自分もアンネの物語は全然知らないので、ちゃんと勉強しようと思った。無知は一番の失礼だと思う。
とてもよい作品だったが、言わなくてもわかるメッセージをエンドロールで言葉にしてしまったのが少し残念。
そして「縞模様のパジャマの少年」でも感じたのだが、何故みんな英語を話しているのか。これがひっかかるひとも他にいると思うのだけど。その点で少し評価は下がってしまった。が、それ以外はとてもよい。