イージー★ライダー

6.7/10
合計14件のレビュー
ジャンル   プロット
ランタイム   94分
言語   英語
地区   アメリカ
書かれた   デニス・ホッパー
劇場で   02月01日 2020
この映画を見たい?
 映画を見たい    しない

50% 欲しいです,合計 110

レビュー  |  共有する 

イージー★ライダー プロット

デニス・ホッパーが監督・脚本・主演、ピーター・フォンダが製作・脚本・主演を務め、アメリカン・ニューシネマを象徴する金字塔的作品として映画史にその名を残す傑作ロードムービー。自由と平和を求めてアメリカ横断の旅に出た2人の青年が、アメリカ南部で偏見・恐怖・憎しみに直面する姿を描く。低予算ながら世界的ヒットを記録し、インディペンデント映画をハリウッドメジャーが配給した最初の成功例として、それまでの映画会社主導による映画製作システムを覆した。1960年代、アメリカ。ドラッグ密輸で大金を手にしたワイアットとビリーは、ハーレーダビッドソンにまたがって旅に出る。ロサンゼルスから謝肉祭の行われるニューオーリンズを目指す2人は、農家で食事をご馳走になったり、ヒッピーのコミューンに滞在したりと気ままな旅を続けるが……。1969年・第22回カンヌ国際映画祭で新人監督賞を受賞。日本では70年1月に劇場初公開。2020年2月、公開50周年を記念してリバイバル上映。

イージー★ライダー 俳優

イージー★ライダー 写真

イージー★ライダー Related

オーメン ザ・ファーストオンラインで映画を見る
オーメン ザ・ファースト
プロット  アメリカ
04月05日 劇場で
ハンテッド 狩られる夜オンラインで映画を見る
ハンテッド 狩られる夜
プロット  アメリカ・フランス合作
02月23日 劇場で
ビニールハウスオンラインで映画を見る
ビニールハウス
プロット  韓国
03月15日 劇場で
青春の反抗オンラインで映画を見る
青春の反抗
プロット  台湾
03月08日 劇場で
リバウンドオンラインで映画を見る
リバウンド
プロット  韓国
04月26日 劇場で
キック・ミー 怒りのカンザスオンラインで映画を見る
キック・ミー 怒りのカンザス
プロット  アメリカ
03月15日 劇場で
ネイビーシールズ ラスト・ソルジャーオンラインで映画を見る
ネイビーシールズ ラスト・ソルジャー
プロット  アメリカ
03月08日 劇場で
ネクスト・ゴール・ウィンズオンラインで映画を見る
ネクスト・ゴール・ウィンズ
プロット  イギリス・アメリカ合作
02月23日 劇場で
死刑台のメロディオンラインで映画を見る
死刑台のメロディ
プロット  イタリア
04月19日 劇場で
バカ共相手のボランティアさオンラインで映画を見る
バカ共相手のボランティアさ
プロット  日本
03月22日 劇場で
ゴッドランド GODLANDオンラインで映画を見る
ゴッドランド GODLAND
プロット  デンマーク・アイスランド・フランス・スウェーデン合作
03月30日 劇場で
エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命オンラインで映画を見る
エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命
プロット  イタリア・フランス・ドイツ合作
04月26日 劇場で

イージー★ライダーコメント(20)

rzxxiz
rzxxiz
本作の前にチョッパーで爆走する三人が出ているB級バイカー映画がある。

デニス・ホッパーが「続地獄の天使」、ピーター・フォンダは「ワイルド・エンジェル」、ジャック・ニコルソンも「爆走!ヘルズ・エンジェルス」で、マーロン・ブランドの「乱暴者」から継承されたような鉄馬に跨る不良の象徴を演じた三人が集まり、最高なバイカー映画として、ロードムービーとしても逸品な、アメリカン・ニューシネマとしてブチ込んできた、何度観ても永遠に憧れてしまう。

そんな本作をデカいスクリーンで観れた喜びを噛みしめながら、二人のチョッパーと爆走する姿、"Born to Be Wild"が流れるオープニングに興奮も絶頂!!

自由の中にある不自由さ、自由が広がって行く度に窮屈さも襲って来るような、壮大で広大な自然と景色、自由の象徴としてのアメリカ、そんなイメージと相反する南部の保守派が徒党を組み暴力に駆られ連鎖する怖さ。

"フロントフォークが一番長いのはC.B.Jim"ってな、誰もが憧れるアメリカ、ハーレー、チョッパー、ヒッピー、そして自由!!
Erewngsing
Erewngsing
やっぱボーントゥビーワイルドはさいっこうにかっこいいね。あのハーレー?か何かわからんけど、バイクも含め超かっこいい。

でもそれだけの映画なんだよなあ。
あのMV的撮影手法は素晴らしく画期的だし、あれがあって今の映画の数々があるから、やっぱりすごい映画なんだなあ。

オリバーストーンを思い出したけど、ロジャーコーマン譲りなのね。カルトちっくな感じが良かったけど、好きとまではいかない。

ジャックニコルソンは登場から何から赴きがあって、オーラがあるなあ。
と、なんだかこんな感想しかでないのがイージーライダー。

テルマ&ルイーズのほうが断然すきな私はやはり女好きなのだな…
sfngygi
sfngygi
「自由を恐れている。」言われてみればそうなのかもしれない。
ffhowex
ffhowex
当時は単純にすごいと思ったが、今は、米国の当時を理解していないと難しい映画だと思う。このジョージ(ジャックニコルソン)の言う言葉で、『自由』の捉え方が違うとわかった。これが、トランプ支持者の自由と同じなんだと思う。

久しぶりに『イージーライダー』という古いインディペンダントフィルムをみてみたくなって観た。
これは1969年の映画で、公民権運動、ベトナム戦争、ヒッピー、麻薬、セックス、ウーマンリブなどと60年代が凝縮された時代に撮影されたものだが、私はこの映画を多分、1970年日本公開で見ていると思う。

その時は『かっこいい』という強烈なインパクトがあった。改造されたハーレー?の形の良さ、これでロサンジェルスからルイジアナ方面に拘束されない旅をする。それに、次から次へと流れるロックやブルースやカントリーやハードロック音楽。当時は、これらのバンドの虜になっていたから何曲かは今でも脳裏に焼き付いている。特にスッテッペンウルフのBorn to be wild, (2006 年ライブ) https://www.youtube.com/watch?v=YwLmmXGEEps The Pusher https://www.youtube.com/watch?v=RXBAgAxn1x4 カナダグループの ザ バンド( スミス?)のウエイト(The Weight)バーズのロジャー・マッギンの曲など、当時は、多様な社会変化の過渡期にある米国歴史の表面だけを知っていただけで、この映画が革新的であった意味をまったく理解してなかったと思う。

主役はキャプテンアメリカ(Peter Fonda) で軍隊(多分ベトナム戦争?)経験者(?)である若者とビリー(監督でもある Dennis Hopper)という、今なら『タイプA 』といえる性格の人。この二人は性格が両極端なので、こういう組み合わせが一緒に旅をすることで抑制力になるのでいいなあと思った。

LAX(ロサンジェルス空港)の付近で真上を飛行機が轟音を立てて着陸寸前のシーンがあるが、60年代のLAXの着陸頻度の高さに驚き。ここだと人が寄り付かないから麻薬(ここではコカイン)の取引をするのにぴったりの場所だと思った。(現在、カルフォルニアはマリファナのみは合法)

キャプテンアメリカが腕時計を捨て、バイクにまたがり、ビリーと二人でハイウエーを走り始める。冒険を探してと歌詞のとおり『Born to be Wild 』という曲が流れる。爽快だろう。Whatever comes our way のフレーズもいいが、こんな感覚で生きられる時代だったことにも驚くし、こういう生き方を望んだ人たちがいたことにも驚くねえ。この出だしのシーンが大好きだ。

最初の方で『部屋ある』とモテルの外からビリーが声をかけるシーンがあるが、ここがどこかわからないが、旅立ったばかりで、もう受け入れられない(モテルに泊まれない)んだから、前途多難だという印象を受ける。問題を起こしそうな奴らだとすぐ思ったのに違いない。

ヒッピーの集落での祈りの深さと寛大さに心をうたれた。乾いた土地にタネを蒔いて、実りそうもない。そして、自分たちの食べるものもないのに、客二人に残り少ない食べ物を共有するための祈り。疲れているように見えるが綺麗な心の人たちだ。二人の女性のリクエストにビリーが、我々は旅行案内人じゃないよというが、キャプテンアメリカは我々は彼らの食事を食べてるんだよと静かに諭す。デニスの自己中には疲れるが、キャプテンアメリカの言葉に注目して観ると心が癒される。

しかし、2020年の新年に初めてみた映画だが、あたらめて観てみても意味が深すぎて私の理解が十分伴っていないと思う。

この映画は1960年代のアメリカの反体制文化(今のサブカルチャー文化)で、ドラッグとヒッピーの世界。またもう一方の反体制文化といえる弁護士(ACLUーTheAmerican Civil Liberties Union 、ここでのジョージハンソン(ジャックニコルソン)の話は重い。公民権運動(ジョージはACLUに属する)に関してはアル中のジョージだけが個人の自由を熱弁するがあとの二人は?特にビリーにとってはトンチンカンじゃないかと思う。なぜかって、人のことを考えて動くことはできないし、明らかに刹那主義だし。。(ジョージはそのあとすぐレッドネックに殺されてしまう。)自由を説くことと自由であることは違う。

二人にとって自由に生きることの方を望むなら、カルフォルニア州のどこかででヒッピー生活をしていた(?)時の方が自由に生きられたんだよ。でも、一攫千金で彼らの自由な精神がもっと膨らんで、危険を伴う自由に変わっていったんだよね。彼らはまさかカルフォルニアも他の州も同じだとは思っていなかったと思う。でも、黒人じゃないからと思っていたかもね。あくまで推測しかないけどね。ルイジアナで最も自由を束縛される状態を味合うわけだが。(撮影中、彼らはテキサス州を避けたらしい。理由はシェリフが長い髪を切ってしまうからと。)今、現在もアラバマ州などの南部に行けば行くほど法律での規制もあり、偏見も多い。KKKやレッドネックの世界の人々が信じる自由精神の真っ只中に入っていくわけだから。

このレッドネックたちからすると、この三人の生き方の自由が怖い。なぜかというと彼らの信じている自由を脅かすから。お互いの自由というコンセプトの許容量が違うんだよ。ビリーは髪の長いことに問題があるようにいうが、ジョージが指摘するように、それは表面的なことであって、本当は彼らは彼らの信じる自由に三人が侵入してくると困るんだよ。彼らがこれらに気づき、三人の自由を奪おうとしているんだよ。もし彼らに自由じゃないと言ったら、彼らの説得できる自由が脅かされるのをおそれているから、人も殺すと。この話は自由の捉えかたが違うから、自由を満喫しているように見える三人にジェラシーを感じるんかもね?。

だから、ジョージは殺されたんだよ。三人の中で髪の長いビリーが殺されるのではないかと考えやすいが、ジョージはアル中(米国南部の禁酒は厳しいからね)、それに、裏切りものだから殺された。ビリーとキャプテン・アメリカはジョージもすぐ認めたように、南部の人ではない。アクセントも違う。ジョージは南部の人だから、裏切り者ということは南部の土地のものは協和すべきなのに、他の世界に足を入れたということだから、そう思われた。かれらにとってジョージが最悪だった。それに、レッドネックの前で一言も言ってないがACLUのメンバーだしね。おそろしいことだ。一般的に日本文化と違って、協調せず自分の論理にあった意見を確立しているから、悪く考えれば、怖いんだよね。

このあまりにもかわろうとしている時代、南部という地域、土地の考え、背景を考慮しないと理解しにくいと思う。米国の当時の社会悪をむきだしにしてそれらをテープルにおいて、考え直している時代かもね?そして、ここでは全く触れていないようにみえる60−70年代の負の遺産、ベトナム戦争。ニクソン大統領が1969年に就任しているから、泥沼化していたベトナム戦争への反対者は多かったわけだが。それを象徴しているのはヒッピーという現実をみない厭世主義者(ごめん私見)。結局、二人は自由を奪われる。

キャプテンアメリカの方は何かを静かに観察し、無駄口をたたかず適切な応答をする。彼はビリーのように急激な気分の変化や前後左右を顧みず怒る性格ではないから、ジョージの話をちょっと微笑んで聴いていたが、納得していたかしていないかのどちらかだろう。キャプテンアメリカの方がヒッピー生活を楽しめそうな気がする。かれの思慮に満ちたポジティブさと物事を静観できたり、受け入れたりできる性格が好き。悪く言えば、彼のようなタイプの人が大勢集まれば、社会改革は不可能かもね。

Roger McGuinn - "Ballad of Easy Rider" の曲のようにこの二人、いや三人は流れていくのだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=BWoMz6C7INQ

ルイジアナに見られる昔のプランテーションの経営者のビクトリア調の大きなうち/地上に出ている墓場/黒人地域ーージミーヘリックスの曲が流れる。 https://www.youtube.com/watch?v=vZuFq4CfRR8 監督はここだけに黒人のヘンドリックスの曲を使っている。この映画には黒人の俳優が出てこないし(ある南部では黒人は公民権運動前と同じ扱いをされているからリンチにあうし真っ先に殺される役になる。)時代背景を考えてみて、ここでなぜ、この曲を入れている意味がわからない。確かにジミヘンは大スターだった。監督に聞いてみたいが。。。しかし、ヘンドリックスのこの曲は意味がある。ヒッピー全員が髪の毛をきっても私には関係ない、気にしないよ。自分の世界は自分のものだという歌で、Going my wayで自由精神を十分に満喫できる曲で、好きだ。
Upsotmeagu
Upsotmeagu
フィルムの濃厚な色彩は、家庭用デジタル媒体からの再生でも充分に伝わってくる。
左右の定位を意識させる音楽もまた、家庭用の機器で楽しく聴くことができる。
しかし、やはりこれは劇場のスクリーンで観たい。雄大な西部の平原を二台のバイクが走るスケールの対比は、やはりスクリーンで味わいたい。
現代のアメリカを象徴するIT や金融工学とは、恐らくその頃から無縁であることが決まっていたかのような、田舎の白人たち。彼らには受け入れられることもなく、むしろ迫害すら受けなければならない主人公たち。
この若者たちは、またヒッピイズムにも受け入れられなかった。彼らの居場所がこのアメリカにはないのだろうか?