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ジュリエット あるいは夢の鍵コメント(3)
今回の「愛人ジュリエット」は、白日夢のような幻覚の中に主人公を置き、現実と夢の対比を軸にした恋愛劇を斬新な実験映画として表現している。物語は、単純である。雑貨店に勤めていた青年ミシェルが店に来た若い娘ジュリエットに惹かれ、愛を語り合う仲となる。海に遊びに行きたい彼女の為に、店の金を盗み投獄される。とこらが映画は、この物語の発端を描かない。ファーストシーンは、青年が他の囚人と一緒に牢獄で眠っているところから始まる。そして、再び目が覚めると扉が開き、明るい光が差し込んでくる。ミシェルは外へ出る。これは、夢なのか現実なのか。小さな村は山の絶壁に密集して、大きな城が中央に聳え立っている。カルネの演出は、それを現実の世界のように実在感あるタッチで描くが、映像は美しい。ミシェルはジュリエットを探し求めるるも、村人たちは彼の記憶を自分勝手に作り話にして混乱させる。この夢の中の様な世界で、ミシェルは自分の犯したあやまちを悔やみながら、ジュリエットへの愛情がより一層激しいものになっていく。
釈放されたミシェルが知ったのは、現実はジュリエットが他の男と結婚することだった。夢にまで見た彼女への思いは、そこで急降下してしまう。ジュリエットの家を訪ね気持ちを確かめると、ミシェルは夜の街を途方もなく歩き始める。光に対する闇の演出の意図が、美しく造形されている。そして、ある工場の”立入禁止”と書かれた部屋に入っていく。そこでは、再び明るい陽光が差している。
観る人の想像力に任せたこの語りは、映画だからこそできる表現の特徴を信じた上の、自信があるからだろう。
マルセル・カルネの芸術的な感性を垣間見る実験映画の不思議な作品。恋一筋の青年の裏切られた虚しさが、最後の”現実の夜”のシーンに象徴的に描かれていて見事。このような題材を商業映画で制作できるフランス映画の懐の深さも、同時に羨望の対象となる。その詩的世界、作家の個性、俳優の魅力、そして映像の美しさ、贅沢である。
1980年 1月23日 フィルムセンター
結局これまで鑑賞出来ているのは、「悪魔が夜来る」「天井桟敷の人々」「愛人ジュリエット」「嘆きのテレーズ」の四作品のみ。ただ、この少なさでも、マルセル・カルネ監督の統一した演出の個性は、特に感じない。題材により柔軟な対応ができる職人肌の強い監督だったのではないだろうか。
主演のジェラール・フィリップは、このような詩的世界の主人公にピッタリ当て嵌まる知性派男優だった。何の記事かは忘れたが、来日の際の記者会見で、あいさつ代わりに詩を朗読したことがあったという。もうこの時点で並みの俳優とは一線を画す芸術家だった。「肉体の悪魔」「パルムの僧院」「悪魔の美しさ」「愛人ジュリエット」「花咲ける騎士道」「七つの大罪」「狂熱の孤独」「モンパルナスの灯」と観ているが、そのどれもがいい。36歳で夭逝したが、フランス映画を代表する名俳優であることは間違いない。
彼の罪は店の金を盗んだこと。夢での恋愛劇から目が覚めた途端に簡易裁判所に呼び出される。店の主人ベランジェが不起訴にすると署名したのだ。それもジュリエットが嘆願し店長と結婚すると約束したため。早速、現実のジュリエットに会いにいくが、それは辛い別れを告げにいくことでもあった。
貧富の差。それも単純な構造のヒエラルキー。彼女を養うことなんてできないと罵るも、せっせと告訴取り下げするための署名をする主人。夢の中でしか幸せを得ることができない虚しさを十分伝えてくれた。
ラスト、立ち入り禁止のドアを開けると夢の中の世界が広がる・・・