「ナポリの隣人」「家の鍵」などで知られるイタリアの名匠ジャンニ・アメリオが、同性愛の許されない時代に恋に落ちた詩人と青年をめぐる「ブライバンティ事件」の実話をもとに描いたヒューマンドラマ。1960年代のイタリア。ポー川南部の街ピアチェンツァに住む詩人・劇作家で蟻の生態研究者でもあるアルド・ブライバンティは、教え子の青年エットレと恋に落ち、ローマで一緒に暮らしはじめる。しかし2人はエットレの家族によって引き離され、アルドは教唆罪で逮捕、エットレは同性愛の「治療」と称した電気ショックを受けるため矯正施設へ送られてしまう。世間の好奇の目にさらされる中で裁判が始まり、新聞記者エンニオは熱心に取材を重ね、不寛容な社会に一石を投じようとするが……。「輝ける青春」のルイジ・ロ・カーショがアルド役で主演を務め、エットレ役には本作が映画デビューとなる新星レオナルド・マルテーゼが抜てきされた。2022年・第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。
蟻の王コメント(17)
エットレ役のレオナルド・マルターゼ(ジュード・ロウ似のイケメン!)は本作が映画デビューとの事だが、目で心の機微を語る演技が本当に素晴らしく、圧巻のラストシーンに涙した。
戦時中のレジスタンス活動がアルドの減刑の理由で、「法」という名の権威は二人の人間を苦しめた本当の理由に蓋をした。背景にあるのはホモソーシャル・ホモフォビア社会、カトリック信仰、そしてエビデンスなき「治療」という変てこな医学の存在だろう。
「法」の名称は異なるが、ドイツでも60年代に男性の同性愛を犯罪とする法律があった(映画「大いなる自由」で初めて知った)。そういった明らかな過去があるから西欧では批判と反省ができるんだろう。そして同性婚も異性婚も全く同じ婚姻とする社会にすることができるんだろう、偏見と差別は消えないにせよ。禁止も罰則も刑罰もなく犯罪ですらなかった日本には反省の機会すらない。別姓婚ですら実現していない。偏見と差別だけはのさばらさせたままで。
エットレ役の男の子が輝いていた。親から離れて自分の道を歩み出す、まさにその年頃にエットレはアルドに出会った。アルドはニーチェやソクラテスやシェークスピアなど過去の哲学や文学の大物を引用して話すことが多い。当時においてそういう方向性のインテリはどうなんだろう?と思った。大文字の文学史・哲学史側にいるインテリで、ちょっと胡散臭いような、知識に飢えている若者を眩惑させてしまうタイプのような気がした。アルドはエットレに震えるほど繊細に接しているのに。
それでもこの映画の登場人物、誰一人として欠けてはならない存在感があり、セリフの一つ一つが心に沁みた。共産党機関紙「ウニタ」の記者エンニオがアルドとエットレを理解し彼等の側に立って記事を書くに至る経緯とエンニオの理性には説得力があった。
人物の顔のアップが多い中で、遠景で街や自然の情景が挟み込まれいてそれがとても生きていた。映像と脚本とキャスティング、そして、イタリアにこのような過去があったことを美しい映像とともに掘り起こしたアメリオ監督に感謝の気持ちを抱いた。