チェコスロバキア最後の女性死刑囚として、23歳で絞首刑に処された実在の人物を描いたドラマ。主演を「マチルダ
禁断の恋」のミハリナ・オルシャンスカが務めた。経済的に恵まれた家庭に育った22歳のオルガ・ヘプナロヴァーは、1973年7月10日、チェコの首都・プラハの中心地で路面電車を待つ群衆にトラックで突っ込み、8人が死亡、12人が負傷する「事故」を起こす。犯行前、オルガは自身の行為は多くの人々から受けた虐待に対する復讐であり、社会に罰を与えたとの犯行声明文を新聞社に送っていた。両親の無関心と虐待、社会からの疎外やいじめによって心に傷を負った彼女は、自らを「性的障害者」と呼んだ。大量殺人という形で社会への復讐を果たしたオルガは、逮捕後もまったく反省の色を見せることはなかった。本作が長編デビューとなる、トマーシュ・バインレプとペトル・カズダ監督が、ドキュメンタリー的なリアルな描写でオルガというひとりの女性を描いていく。
私、オルガ・ヘプナロヴァーコメント(1)
もし彼女がチェコ以外の国で生まれていたら、もし彼女が生まれたのが社会的弱者への施しが70年代よりも手厚かった(完璧とはいえないものの)現代だったら、もし彼女の事を心から理解してくれる人物が1人でもいたら…そんな様々な“たられば”が重なっていたら、彼女はトラックで町の群衆に突っ込む事はしなかったのかもしれない。
華奢で猫背体型のオルガを演じたミハリナ・オルシャンスカは、そのヘアスタイルもあってか『レオン』の少女マチルダ(ナタリー・ポートマン)を彷彿とさせる。マチルダはレオンのような暗殺者になろうとするが、オルガは暗殺ではなく大量殺人への準備を進めていく。
「殺人をしたのは、今後このような事が起こらないようにするため」、そう言ってオルガは絞首刑に処された。しかし現実ではトラックの代わりに銃や刃物、毒ガスを使った無差別大量殺人が繰り返されている。彼女は今でも存在している。
劇伴を一切使わずにドキュメンタリータッチで捉える構成は、近作の『母の聖戦』同様、観客を主人公と同化させていく。つまりこれは、事情は十人十色あれど、人は誰しもオルガになる素養を持っているという事実を体感させる狙いもあるのだろう。
本作を日本配給したクレプスキュール・フィルムは、配給第1作『WANDA/ワンダ』(この作品も劇伴未使用)といい次作『ノベンバー』といい、観客に“問い”を与える作品ばかり。実に骨があるというかクセがありすぎる。