フジヤマコットントン
プロット
日本
02月10日 劇場で
ザ・パイロット
プロット
ロシア
02月16日 劇場で
シモキタブレイザー
プロット
日本
02月16日 劇場で
THE WILD 修羅の拳
プロット
韓国
02月16日 劇場で
英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2023/24 ロイヤル・バレエ「くるみ割り人形」
プロット
イギリス
02月16日 劇場で
奇跡の子 夢野に舞う
プロット
日本
02月23日 劇場で
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SHE SAID シー・セッド その名を暴けコメント(20)
展開はシンプル。
2人の記者が被害者、関係者に話を聞こうとするも、みな口を開こうとしない。
それは業界での影響力であったり、秘密保持契約からであった。
そんな中でも2人の懸命な取材により、勇気ある人が匿名を条件に口を開き、そして名前を出してもOKという人が現れる…
展開はシンプル過ぎ。一歩間違えば、「退屈」と言われかねない。
それは映画っぽい「ハデさ」というか「盛り上がり」のために、過剰な「演出」や「脚色」が無かったため。
言い換えると、証言した被害者たちの勇気と、記者たちの執念があるから、過剰な演出や脚色がなくとも、力強い作品になっているのだと思う。
セクハラ、レイプなどをした権力者が金で口封じをするところは何かに似てるな、って思って調べたら、約2年前に観た「スキャンダル」だった。昔ながらの権力者は、女性を自らの性のはけ口ににし横暴だった様子がよくわかるし、示談金を会社の経費で払ってたなんて、公私混同も甚だしい。
ただし、今作はスキャンダルの時の様なエロいシーンがほとんどなく、作品として意義あるものなんだろうけど、退屈だった。
ジョディ役のゾーイ・カザンの活躍は光ってた。
ワインスタインを告発するためには、被害者を探して取材し、事実を公表する必要がある。やっと被害者を探し出して取材し話を聞けても、公表はダメだと断られる。
報道のことはよく分からないが、告発記事の信ぴょう性を保証するにはどうやら証言者の実名公表が不可欠のようだ。たぶん。
被害者の恐怖が伝わってきた。実名での証言が公表されれば支持や共感だけでなく、悪意ある非難・中傷にもさらされる。それは自分の家族や知人にも及びかねない。
公表したら想像も出来ない大変なことになる。自分が黙っていればいいんだと思う。だけど自分が証言すればこれ以上の被害者を出さない一助になるかもという思い。
恐怖に押しつぶされそうな心を奮い立たせ公表することを選ばせたものは何か?
平凡な答えしか思い浮かばないが、それは勇気だと思った。そして私はその勇気に敬意を表明し感動した。
またある者は自分の娘3人にウソは言えない、ホントのことを教えたいと言って証言する(うろ覚え)。彼女を動かしたものは誇りだと思った。真実を述べたことを彼女は誇りに思うだろうし、娘達も母親を誇らしく思い手本にするだろうと思った。
そして元財務責任者(?)は証言をためらっていたが、新たな事実を知り証拠を提出する。彼の動機は良心だと思った。
とここまで書いて、「はあ?勇気、誇り、良心だとォ?書いてて恥ずかしくならないか? それにまるで小学校かマチズモの標語みたいじゃないか」 と思ったがまあイイか。勇気ってコトバ好きだし、マジでそう思ったのだから。それに勇気って男だけのものじゃないし、ついでに名誉とかも付け加えとくかな (^^)
かなり早い段階で誰が誰やら分からなくなったが、いつものことである。(/--)/
2023/1/13(金) city2
「パルプ・フィクション」「恋に落ちたシェイクスピア」「グッド・ウィル・ハンティング」……ワインスタインがプロデュースした作品は、皮肉なほど名作が多い。ヒット作は金を生む、そしてその才能には権力がついて回る。
ワインスタインの犯罪をニューヨークタイムズがすっぱ抜くその瞬間までの、記者の地道な取材と被害女性の葛藤や決心を描く本作。報道後のMetoo運動などの劇的な社会の反応などは周知のことだからか触れないが、そこに至るまでの関係者の心理の動きやワインスタインとの応酬などは、比較的淡々とした描写でありながら地下でたぎるマグマのような緊張感がある。ラストの出稿直前は、見ているこちらもどきどきした。
被害女性には不利な条件で示談契約書を書かせ金を渡し、身辺調査で弱みを把握して口封じ。意向に沿わないものは業界から締め出し、権力にものを言わせ報道も訴訟も潰す。映画や時代劇でしか見かけない、そんな巨悪が実在した。女性側も嫌だとは言ってなかったし、などと言い訳したらしいが、本気でそう信じているならここまで徹底的に事実を隠すような発想には至らないだろう。
取材活動の中心にいたミーガンもジョディも幼い娘を持つ母親だ。被害者と同じ女性としての正義感とともに、娘が生きる未来がワインスタインのような存在を黙認する社会であってほしくないという、強い願いがあったに違いない。
男性による女性への性犯罪という構図ではあるが、根底にあるのは権力の横暴と、それを許す法律の脇の甘さだ。男対女という単純な図式だけで語れる問題ではない。スクープに協力する男性の存在や、ニューヨークタイムズ社内の男性の闘う姿勢も描かれている。
制作総指揮のブラッド・ピットは、グウィネス・パルトローと付き合っていた当時彼女からワインスタインによるセクハラを聞かされ、彼に直接「俺の彼女に二度とあんなことをするな」と啖呵を切ったそうだ。
ワインスタインの醜悪さも見せられたものの(中盤にあった、被害女性との会話の録音音声はもしや本物?)、記者の覚悟や執念が物語の中心になっていてよかった。キャリー・マリガンとゾーイ・カザンのバディっぷりが自然で親近感があって、それでいて頼もしい。パトリシア・クラークソンが演じた上司のレベッカは毅然としていてかっこよかった。
一方、被害女性が多いので仕方ないが、それぞれの女性の描写が断片的な印象があり、20年以上黙っていたことを話そうと決心した契機が、人によっては分かりにくい場面があった(アシュレイ・ジャッドなど、一部本人がキャスティングされていたのはすごい)。
それと、ジョディがイギリスにあるロウィーナ・チウの家に行った時、本人が不在なのにワインスタインの行為を知らない夫に彼女の過去を話したシーンだけはかなり引っかかってしまった。いや、本人隠してたのに夫にぺらぺら話すってアリなの?結果オーライではあるけどさ……その辺はちょっと残念。
68歳で禁固23年を言い渡され、その後も別件で裁判が続いているワインスタインは、もう娑婆で悪事をすることはできないだろう。その後のMetoo運動で、彼のような人種は「前時代の悪弊」として一掃されつつあるようにも見える。
しかし、権力の周辺に驕りや腐敗が生じやすいのは、人間に心の弱さがある限り普遍的なことだ。どのような業界でも組織でも、決定権が集中する場所には、情報の風通しのよさと異論に耳を傾ける土壌、権力を持った者の恣意的な振る舞いを抑制する仕組みが必ずなければならない。
ワインスタイン後にそういう社会になったのか、その状態に近づけるべく自分自身に何が出来るのか。そういったことをあなたも考えて欲しいと、この物語から投げかけられている気がした。