ブラジルから来た少年
プロット
イギリス・アメリカ合作
01月01日 1900 劇場で
上海から来た女
プロット
アメリカ
08月06日 1977 劇場で
イギリスから来た男
プロット
アメリカ
08月19日 2000 劇場で
星から来た男
プロット
韓国
09月27日 2008 劇場で
ユタから来た男
プロット
アメリカ
07月20日 1956 劇場で
カプチーノ街から来た人
プロット
ソ連
12月28日 1991 劇場で
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アメリカから来た少女コメント(1)
中国に金メダルをもたらしましたが、国籍については明言をさけていました。そのことがいいかわるいかはともかく、見た目が白人でモデル業もやっているかのじょが、中国よりアメリカに帰属していたいという気持ちはわかるものでした。
アメリカ生活が習慣化していたのなら、そこから脱却するのは難しいのではないか──と想像できます。
だいたい、アメリカに行ったことがなく英語も使えないわたしでさえ、少年の頃は、洋楽や洋画がすきで、邦楽や邦画を「だせえよ」とみなす厨でした。米英に憧憬をもっていました。
幼少をアメリカで育ち台湾へ越してきたら差を感じて落ち込むことでしょう。根拠はありませんが逆よりも大変な気がします。よって「アメリカンガール」の気持ちはわかるものです。
時は2003年です。乳がんと診断された母と姉妹がロサンゼルスから帰郷します。台北ではSARSがはやっていました。アメリカの生活から一転したことと主人公の反抗期が重なり親と激しく対立します。
少女のアイデンティティの危機をあつかっていることからThe Half of It(2020)や韓国映画のはちどり(2020)を思わせる雰囲気もありましたが、米韓ほど巧い映画ではありませんでした。
母や馬の主題が、尻切れとんぼになっていたと思います。また陽光の気配をことごとく欠いたカーウァイのように暗い映画でした。
ところでアイデンティティとは辞書によると『他とはっきりと区別される、一人の人間の個性。また、自分がそのような独自性を持った、ほかならぬ自分であるという確信。組織、集団、民族などにも用いる。自己同一性。』とありました。
わたしの解釈ですが、もっとわかりやすく言うと「じぶんの所属しているところがどこで何か解っていること」がアイデンティファイです。
したがってアイデンティファイができている人とは、たとえばアメリカを愛しているアメリカ人です。
たいていのアメリカ人はアメリカを愛しており、それを堂々と公言しています。
時事(ロシアのウクライナ侵攻(2022/02/24~))によせて言えば、ウクライナ人もウクライナを愛しています。
アイデンティファイができていると、帰属を守るために大切なもの(たとえば命)をかけることさえできます。
では日本人はどうか──と自問自答してみました。わたしはアイデンティファイできているんだろうか。と。・・・。
ロシアのウクライナ侵攻にたいする日本人の見解がナンセンスに聞こえるのは何千キロも離れた安全な場所からそれを論評しているから、ではなく、発言者に日本を愛してるという確たる自負=アイデンティティが見えないからです。
前戦がオリンピックの地続きのような様相で見えているからこそ大統領応援してますコメントが湧いてくるのかもしれません。なんにせよ日本人は他国の戦争を語ることができる玉ではない(度量はない)と思うのです。