「そこのみにて光輝く」「きみの鳥はうたえる」などの原作で知られる夭逝の作家・佐藤泰志の同名小説を、「寝ても覚めても」の東出昌大主演で映画化。心のバランスを崩し、妻と一緒に故郷・函館へ戻ってきた工藤和雄。精神科の医師に勧められ、治療のために街を走り始めた彼は、雨の日も真夏の日もひたすら同じ道を走り続ける。その繰り返しの中で、和雄は徐々に心の平穏を取り戻していく。やがて彼は、路上で知り合った若者たちと不思議な交流を持つようになるが……。慣れない土地で不安にさいなまれながらも和雄を理解しようとする妻・純子役に「マイ・ダディ」の奈緒、和雄に寄り添う友人役に「明日の食卓」の大東駿介。「空の瞳とカタツムリ」「なにもこわいことはない」の斎藤久志が監督を務めた。
草の響きコメント(2)
東京の出版社で編集者として勤めていた工藤和雄(東出昌大)は、心を病み、妻・純子(奈緒)とともに故郷の函館に戻ってきた。
しかし、一向に良くならず、混乱の中、旧友の研二(大東駿介)のもとへ行き、研二に連れられて漸く精神科を受診することになった。
女医の診断は「自律神経失調症」。
服薬とともに、運動療法としての毎日のランニングを勧められた和雄は、それから毎日決まったコースをランニングし、次第に距離を伸ばすようにした・・・
といったところからはじまる物語で、しばらくすると、ふたりの男子高校生のエピソードが綴られます。
ひとりは、スケボーの上手い背が高い男の子(Kaya)で、やや理知的な感じ。
もうひとりは、金髪のちょっと出来の悪そうな感じの男の子(林裕太)で、ふたりは、スケボー少年が無様に飛び込み、コースでジタバタしている市民プールで出会い、その後、互いに得意なことを教え合おうと約束して、その後、つるむようになっていきます。
映画は、和雄らの成年部パートと、スケボー少年らの少年部パートが交互に描かれ、当初、スケボー少年が和雄の若い頃なのかな、と思いましたが、セリフから名前が異なっているので、別人ということに気づきました。
なんとボンクラな、と自分でも思うのですが、映画は引きの画が多く、スケボー少年役の男の子と東出昌大の雰囲気が似ているので混同してしまった次第。
さて、ランニングを続ける和雄は、そのうち、彼らがスケボーの練習をしている公園で彼らと出会います。
少年たちには、金髪少年の姉(三根有葵)が加わって、3人になっています。
毎日ランニングする和雄に興味を持った少年ふたりが和雄の後追いかけて二言三言交わすぐらいの、それほど深い付き合いではありません。
和雄は毎日のランニングと少年たちとの交流、純子と研二の支えもあって、学生食堂での洗い場仕事ができるまでに恢復。
しかし、ちょっとしたことで、心の病の暗い影が覗くこともあります。
そして、それまで和雄を支えてきた純子の妊娠。
和雄、純子、研二のささやかなお祝いの場は、このあとの幸せな生活を暗示するのですが・・・
一方、少年たちもどっかどっかに暗いものを抱えていて、特にスケボー少年は田舎にしてはインテリ少年なので、影が時折おもてに覗いてきます。
そして・・・
と、成年部三人と少年部三人は、別の三人組ではあるのですが、心の奥底では同じようなものを抱えていて、少年部三人は、和雄ら三人と似通っています。
いうならば、スケボー少年は、和雄が「そうならなかった」道を歩んだ和雄の少年時代ともいえるでしょう。
心の病が悪化した和雄は、遂に入院生活を余儀なくされます。
病状のやや恢復した和雄のもとへ身重の純子が面会に行き、面会室で面談。
このシーン、この映画唯一のアップシーンで、ここをアップで撮るために、それまでは引きの画で進めていたのだと気づかされます。
それほど、ここは印象に残ります。
(なお、試写会後の監督と東出のクロストークで、「はじめから、ここはアップで撮ろうと決めていた」との発言がありました)
最後にもうひとつふたつ短いエピローグがありますが、これを幸せな再生とみるか、そうでないかは観客に委ねられているでしょう。
ただ、ラストシーンの和雄の姿は、スケボー少年が迎えた道とは違うことだけは確かです。
ランニングする和雄のスチルショットが意味するのは、それでも人生は続くということでしょう。
なお、観ているうちにいくつかの過去作品を思い出しましたので挙げておきます。
『キッズ・リターン』(スケボー少年と金髪少年のやりとり)
『HANABI』(少年二人がスケボー練習のために広場に置く丸太)
『マラソンマン』(和雄のランニング姿)
『バーディ』(ラストシーン)
そんな人気の少ない函館の街を、黙々と走る男。心の病を患った和雄が、治療の一環として街を走るなかで、若者たちとの出会い、ささやかな触れ合いが心の平穏を緩やかに取り戻していくさまを東出昌大は根気強く和雄に寄り添いながら演じている。
そして更に、その和雄に文字通り寄り添いながら献身的に支える妻に扮した奈緒の説得力が、今作の特筆すべき点といえる。今年も公開作品が7本と既に売れっ子といえるが、今後さらに作品数が増えていくのではないかと感じさせられる演技だった。