アメリカの推理作家スタンリー・エリンの『ニコラス街の鍵』を原作に、「いとこ同志」のクロード・シャブロルが初めてスリラー映画を監督した。脚本と台詞は「いとこ同志」でシャブロルに協力したポール・ジェゴフ、撮影は「大人は判ってくれない」のアンリ・ドカエ、音楽はポール・ミスラキと、いずれも、「いとこ同志」のスタッフ。出演はマドレーヌ・ロバンソン(この作品で五九年度ヴェニス映画祭女優演技賞を獲得している)「墓にツバをかけろ」のアントネラ・ルアルディ、「勝手にしやがれ」のジャン・ポール・ベルモンド、「反乱」のジャック・ダクミーヌのほか、ジャンヌ・ヴァレリー、ベルナデット・ラフォン、アンドレ・ジョスランの新人たちである。製作ロベール・アキムおよびレイモン・アキム。
二重の鍵コメント(1)
クロード・シャブロル監督の第三作。アンリ・ドカエの撮影が素晴らしい。美しい南仏を舞台に、中年夫婦の愛憎と夫の不倫に絡む殺人事件を軸にした家族劇。若きジャン・ポール・ベルモンドが一人娘エリザベートのヒモ役で、主人公の家庭に土足で踏み込む部外者として批判するが、最後には事件を解決する好青年と化す面白いキャラクターを爽やかに演じている。母親のマドレーヌ・ロバンソンは、夫の不満に気付かず、また自分の女としての魅力にも無頓着な上に夫を軽蔑するという複雑な役柄を巧みに演じている。如何にも舞台で修業した後が感じられる手堅く確かな演技で、ヴェネチア映画祭の主演女優賞を得ている。シャブロル監督の演出は、会話シーンの切り替えしやカメラワークを見ても至ってオーソドックスで、トリュフォー監督のようなヌーベルバーグらしい斬新さは感じられない。また、ヒッチコック監督に傾倒していたというが、女中ジュリーが死体を発見して食卓にいる皆に伝えるシーンでは、長男と母親が手を重ねるショットが分かり易く、取り立ててサスペンスタッチは感じなかった。母親を愛するが故の犯行ならば、母と子の特別な関係を暗示させるシーンを配置すべきであろう。または、濡れ衣を着せられる牛乳配達員の立証できないアリバイを工夫すれば、ラスト盛り上がったと思う。
そうすると、この作品の主眼は推理ものではなく、家族の中に他者が入っていくことで見えてくる人間関係の崩壊を描いた暴露劇にあると言える。その語り口の独特な面白さが余韻に残る、一寸変わったフランス映画。