百年恋歌

7.2/10
合計22件のレビュー
ジャンル   プロット
ランタイム   131分
言語   まだ情報はありません
地区   台湾
劇場で   10月21日 2006
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百年恋歌 プロット

「悲情城市」「戯夢人生」のホウ・シャオシェン監督による恋愛オムニバス。1966年、ビリヤード場で働く少女と兵役に向かう青年。1911年、辛亥革命前夜に愛を交す高官と芸妓。2005年、大都会で傷つきながら惹かれあう写真家と歌手。3つの異なる時代で一組の男女が出会いを繰り返し、宿命の恋に落ちる。少女、芸妓、歌手と3様の女性を演じたのは「ミレニアム・マンボ」のスー・チー。「愛の神、エロス」のチャン・チェンがその相手を務める。

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百年恋歌コメント(1)

dalfnsw
dalfnsw
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【71点】
これは私のような映画初心者には難しい映画だったようです。エンドロールが流れ始めたとき正直ぽかんとしてしまいました。あとから配役を確認してようやく腑に落ちたという感じです。私は、第3部「青春の夢」の歌手役と彼女役がごっちゃになってしまったことと、織香という不在の人物(?)が理解の妨げになりました。織香については書いている今も分かりません。

「百年恋歌」というタイトルの通り、この作品では音楽が重要な役割を担っています。まず、第1部「恋愛の夢」では、青年の恋が高まったときにロマンティックにBGMが響くという王道的な方法が取られていました。つまり歓びの音楽を表現していたといえます。次に、「自由の夢」では、ヒロインが芸妓ということで、音楽は職業上の勤め、つまり不自由の原因であるので、第1部とは対照的に哀みの音楽が表されていると思います。

そして問題は難解な第3部なのですが、ここでの音楽といえばスー・チー演じる歌手の歌曲でしょう。彼女の作る歌詞には「過去も未来もない現在」というような退廃的なフレーズが頻出します。だから、第3部での音楽には鳴った先から消えていくような音楽の刹那性が込められているのではないでしょうか。この解釈を補強するものとして、歌手自身の癲癇、つまり現在への停止や、青年写すカメラ写真の停止性が考えられます。

また、作中に出てくる文字媒体にも重要な役割が与えられていたと思います。第1部「恋愛の夢」では、青年が書いた手紙を読んだ女性はみな去って行ってしまう。あるいは、手紙は青年自身の兵役を告げるものでもあり、つまり別離の象徴としてありました。第2部「自由の夢」は、サイレント作品でしたので会話すべてが文章形式でした。この話でも最終的にはチャン・チェンとスー・チーは別離の道を辿ることを考えると、ここでも文章には別離の象徴としての意味があったと考えられます。

第3部「青春の夢」では、文章は、歌手スー・チーの女恋人リー・ペイシュアンの自殺において、最も印象的な形、つまり遺書としての登場しました。これはやはり別離の象徴として捉えることが出来そうです。他に、自分の曲のためにスー・チーが書きあげた歌詞がテキストとしてありますが、これも彼女のステージが青年チャンチェンと恋人チェン・シーシャンとの別離のきっかけとなったことを考えると、やはり別離の作用があるのでしょう。このような流れを考慮すると、ラストシーンでバイクに乗る二人に合わせてスー・チーの歌が流れる演出は、二人の関係が遠からず破綻することを暗示しているように思えます。

私がこの映画のなかで最も引っかかった点は、実は第3部の青いライティングです。「青春の夢」には誰もが分かるような形で青い色が氾濫していました。あげくにブルーという名の人物まで登場します。果たしてこの青の強調には何の意味があったのでしょうか?

第3部が「青」であるなら、第1部と第2部にも象徴する色がありそうです。そう考えると、まず第1部は、ビリヤード台の「緑」でしょう。スー・チーの服も緑であったと思います。次に第2部ですが、これはちょっと苦しいのですが、「赤」の布が印象的な差し色として使用されていました。

つまり、3部はそれぞれ「青」「緑」「赤」ですが、これは光の三原色です。さて、ここでそろそろ非常に牽強付会な結論に入ろうと思います。喜び、悲しみ、刹那的な感情、一見バラバラに見えますが、それぞれの人間感情に時代を超えて光を当ててきた方法があります。それが音楽です。この作品のテーマを、私はそういう風に受け取りました。