マリリン・モンロー

俳優 | 男性 | 1926-06-01
ほかの名前 -- アメリカ/ロサンゼルス
誕生 1926-06-01 出生地 アメリカ/ロサンゼルス
性別 男性 高さ --

マリリン・モンロー ストーリー

ノーマ・ジーン・モーテンソンとして米ロサンゼルスに生まれる。モンローは母親の旧姓。父親は生まれる前に失踪、RKOで働いていた母親は精神障害を抱えていたため、里親の元や養護施設で育てられ、不遇の子供時代を過ごす。16歳で働き始めた工場の作業員と42年に結婚するが4年で離婚。この頃からモデルの仕事を始め、47年に「The Shocking Miss Pilgrim(原題)」で女優デビューする。なかなか芽が出なかったためモデル活動も並行し、53年にはプレイボーイ誌創刊号で表紙を飾った。「恋愛アパート」(51・日本劇場未公開)あたりから脚光を浴び、「ノックは無用」(52)、「モンキー・ビジネス」(52・日本劇場未公開)などで注目度が増し、「ナイアガラ」「紳士は金髪がお好き」(53)でスターの座を不動にする。金髪とぽってりした唇、抜群のスタイルからセックス・シンボルとしてもてはやされた。その後も「百万長者と結婚する方法」(53)や「ショウほど素敵な商売はない」(54)で活躍、55年の出演作「七年目の浮気」のスカートがめくれ上がるシーンはあまりにも有名だ。この頃からプロデューサーや共演者との不仲で、キャリアに陰りが見え始めるが、「バス停留所」(56)での演技は高く評価され、「王子と踊子」(57)、「お熱いのがお好き」(59)もヒットした。「Something's Got to Give(原題)」を製作中の62年8月5日、睡眠薬の過剰摂取のため36歳の若さで死去。「荒馬と女」(61)が遺作となった。結婚は生涯で3度。2度目の結婚は54年に野球選手ジョー・ディマジオと。しかし、8カ月で離婚、56年には脚本家のアーサー・ミラーと結婚したが、こちらも61年に離婚に終わった。死後も世界中にファンをもち、多くのドキュメンタリー作品が製作されている。

マリリン・モンロー 映画